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ヨーガを教えたらヨーガではなくなる

教えるということには、作意がある。教わるのも作為がある。
ヨーガは、教えたり、教わったりするものではない。

ようやく、このことが身についてきた。
ヨーガ教室では、当然、ティーチャーと生徒がいる。

ティーチャーとか生徒とかは、記号に過ぎない。
そこにいるのは、ヨーガの道を歩む人たちだけだ。
10人いれば、10本の道がある。
そう!
一人一人、自分の道を歩んでいる。
同じ場で、一緒にヨーガをしていても、道が交差しているわけではない。

誰であろうと、私たちは、自分一人だけの道を歩んでいる。
このことを忘れてはならない。


「捨てる」ではなく「消える」

「自我を捨てる」と、いってしまうとそれは、自我の働きだ。
「自我が消える」。
おのずから消える時、やっと、自我は消えている。

おのずから消えているために何が必要か。
ヨーガのアーサナ、呼吸法だ。

意識は、アーサナという行為に、呼吸という行為に向く。
その時、自我は静かに意識の背後に消えて行く。
このことを冥想という。

これが、ヨーガだ。

ヨーガとは自惚れを捨てること

「あなたは誰ですか」
そう聞かれた時、「私は、……。」と、名前や、所属など、いくら言ってもそれは「私」そのものではない。

ならば、手があって、胴があって、など体のすべての部分を足し合わせても「私」そのものではない。

「私は考える」といったところで、考えているのは「私」そのものではない。

これらはみんな、自我の働きだからだ。

ならば「私」は、誰?
自我が、「私」という存在の主役だという自惚れを捨てると、「私」そのものが厳然として存在する。
ヨーガとは、このような、自我を捨てることを言う。

アーサナはヨーガのおもちゃ

アーサナは、シャカリキになって、体を柔らかくする方法ではない。
そんなことをしたら、それはヨーガ アーサナではない。
それは、単なる体操に過ぎない。
アーサナは、筋トレではない。
アーサナは、美容体操ではない。
アーサナは、健康法ではない。
アーサナは、若返り法ではない。
ストレス解消法でもない。
アーサナは、ヨーガのおもちゃだ。

おもちゃなのだから、遊べばいい。アーサナで遊べばいい。

何かワクワクして踊りたくなった時に、踊るように、アーサナをしよう。
ゆったりと気持ちよい呼吸と共に、気持ちよく動かす。

そして、アーサナ(体位)を楽しむ。
無心にアーサナを楽しむ。

それがヨーガのアーサナだ。

ヨーガの難しさ

「ヨーガをしていることを忘れる。」
そのことが難しい。

ヨーガの資格というものは、ない。
あるとすれば、「ただありのままに生きていることができていること」が資格だ。
何々ヨーガをしているというなら、それはヨーガではない。
今、みんながしているヨーガは、この意味でヨーガではない。

難しい。
しかし、難しいと考えてはいけない。

教えるのもそうだ。
ヨーガを教えてほしいといわれて教えるが、教えていないことは難しい。
教えていないと、考えるのもまた誤りだ。

教えるのはだれか。教えないのはだれか。
「私が」という言葉で語られる主体が消えていること。
それをヨーガという。

するのはだれか。しないのはだれか。
「私」がするのではない。
「私」がしないのではない。

快適ヨーガはアーサナで冥想をすること

ヨーガのアーサナは、冥想になる以上に強く、伸ばしたり、緊張させたりしない。

ヨーガは、あくまでも自己を見つめる営みだ。

健康法でもストレッチングでもない。まして筋力エクササイズのようなやり方は、ヨーガとは言わない。

呼吸に合わせてゆっくりと、アーサナを作り、その状態で10秒から30秒ぐらい冥想状態でいるのが、快適ヨーガだ。

冥想と無

ベースとして、意識は「無」。

「無」の時間は、自我が表に現れていないから。

いつ自我が消えていたか、どのくらい消えていたかを知らない。

自我は、自我自身が自分という存在の中心ですべてであるという誤り(自惚れ)に気づく営みを冥想という。

自然体ヨーガ

自分のヨーガは、自然体だろうか。

呼吸法は、自然体だろうか。

どこか、心に無理がないだろうか。

欲張っていないだろうか。

得意になっていないだろうか。

卑下していないだろうか。

自然体だろうか。無心だろうか。

このように、考えることがすでに、自然体から離れている。

考えなくても、自然体ではない。

無限に広がっていく、心の宇宙の地平線見ながら、そのように思う。

 

ダルマさんはなぜインドから中国へ?

この問いは、禅の公案にありますが、それを離れて、ごく普通に考えてみました。

ダルマさんは、インドの王族の生まれで、かなり年配になってから、旅立ち、3年かけて中国の港に到着しています。

そして、武帝との問答の後、少林寺の洞窟にこもって、8年間坐禅をします。
弟子にしてくれという人がいても拒み続け、ようやく4名ほどの弟子を取ります。

その弟子の後継者たちが禅宗を作っていきました。
いろいろ調べてみると、達磨さんは禅宗という組織を作るため、あるいはそういう思想を伝えるために、中国に行ったとは、考えにくいところがあります。

そこで、私は、達磨さんはただ静かに、冥想(ディヒャーナ)を出来る環境を求めて、故郷を離れ、少林寺に到達したのではないかと考えています。
そして、彼は、徹底的に彼自身の内面の問題、真実の自己をしっかりつかみ取りたかったのではないかと、考えています。

 

 

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