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ヨーガの難しさ

「ヨーガをしていることを忘れる。」
そのことが難しい。

ヨーガの資格というものは、ない。
あるとすれば、「ただありのままに生きていることができていること」が資格だ。
何々ヨーガをしているというなら、それはヨーガではない。
今、みんながしているヨーガは、この意味でヨーガではない。

難しい。
しかし、難しいと考えてはいけない。

教えるのもそうだ。
ヨーガを教えてほしいといわれて教えるが、教えていないことは難しい。
教えていないと、考えるのもまた誤りだ。

教えるのはだれか。教えないのはだれか。
「私が」という言葉で語られる主体が消えていること。
それをヨーガという。

するのはだれか。しないのはだれか。
「私」がするのではない。
「私」がしないのではない。

快適ヨーガはアーサナで冥想をすること

ヨーガのアーサナは、冥想になる以上に強く、伸ばしたり、緊張させたりしない。

ヨーガは、あくまでも自己を見つめる営みだ。

健康法でもストレッチングでもない。まして筋力エクササイズのようなやり方は、ヨーガとは言わない。

呼吸に合わせてゆっくりと、アーサナを作り、その状態で10秒から30秒ぐらい冥想状態でいるのが、快適ヨーガだ。