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常のヨーガにあらず 常の名にあらず

ちょっと遊んでみました。
老子「道徳教」をヨーガに当てはめたらどうなるだろう。

人がヨーガだというヨーガは、ヨーガではない。
アーサナだというべきものは、アーサナとは呼ばない。

アーサナだと名付けるものはない。
名前がないところが、ヨーガの始まりだ。

名前を付けると、アーサナは無数にできてくる。

ヨーガで何かしようなどという欲望がなければ、妙なる本質を見るし、
欲望があるとアーサナという形体を見ることになる。

本質と形体は、もともと同じだけれど違って名付けられる。

その同じものを玄という。
しかし、玄というとまた二つに分かれてしまう、だから玄の玄を追求する。
そこに、妙なる本質への入り口がある。

道徳教は、どう書いてある?  
「道の道とすべきは、常の道に非ず。
名の名とすべきは、常の名に非ず。
名無きは天地の始め、名有るは万物の母。
故に常に無欲にして以て其の妙を観、常に有欲にして以て其の微(きょう)を見る。
その両者は、同じきに出でて而も名を異にする。
同じきをこれ玄と謂い、玄の又玄は衆妙の門なり。

他にどんな書き換えができるかな……。

 

こだわらない心

自分の抜け殻にこだわる動物はいない。
蛇でも昆虫でも、抜け殻はもう自分の一部ではないからだ。
ところが、人間は違う。
つい、業績、実績などにこだわってしまう。

他人もそうだ、人の実績を評価する。
それは抜け殻を評価するようなものだ。
評価される方はうれしいし、ありがたい。
資格が得られたり、収入が増えるからだ。

そして、抜け殻を抱えていると、だんだん重くなる。
重さに耐えられなくなる人もいるだろう。
虚しさを感じる人もいるだろう。
でも、どうしてもこだわりを捨てられないのだ。

でも、新しいものを次々に創っていく人は違う。
抜け殻なんて、忘れるからだ。
なぜ?
創ることは、喜びだから……。

 

深さ

        深さ
深さのない生涯はさびしい
カントはその町以外に
ただ一歩も踏み出さなかった
キリストの伝道区域は
わずかに方二里であった
あえて問う、活動とはなんの謂(いい)ぞや
あれをみよ深山(ミヤマ)の奥に花ぞさく
       まごころつくせ人知らずとも
人生はひろさよりも深さである
                                      (後藤静香著、権威より)

コロナ時代に、改めて考えています。
ついでに、もう一つ後藤静香の言葉をご紹介します。

必ず変わる
三日でも変わる
三年たてば
見違えるほど変わる
いくつになっても
その気になれば
ぐんぐん進む
変わることを信じて
発奮すれば
必ず変わる
この信なくこの勇なきもの
あたら宝玉を塵(チリ)にうずめる

今のコロナ騒動は、新しい時代、新しい自分に変わるチャンスのような気がします。

超越ではなく横超

親鸞の言葉に、「横超(おうちょう)」というのがあります。これは「横ざまに超える」ことで、ふつう言う超越とは意味が違います。親鸞は、超越することを竪超と言っています。

「超越とか堅超は、上へ向かって努力して乗り超える、飛び超える」ことですが、横超は、努力が要りません。
「すぐ隣にある道へ一跨ぎすれば、本当の悟り、自由自在な自分が歩んでいることに気が付く」というようなイメージでしょうか。

私が言おうとすることは、ヨーガの話です。
一所懸命努力して、アーサナ、呼吸法、冥想を日々練習し、生活も正しく調える、そしていつしか幸せな自分、自由自在な自分(カイヴァリヤ)を獲得するというイメージが、ヨーガです。

横超は、そうではありません。
「横ざまに超えたら、アーサナ、呼吸法、冥想、生活の全てが、そのまま自由自在な自分が現前している」ということになります。

これは、ヨーガスートラやハタヨーガプラビティーカなどとは違う道と言えるかもしれません。

バガヴァッドギーターでいう「バクティ」に相当するといっていいでしょう。
「バクティ」は日本語で、信愛、献身と訳されますが、普通に理解されるよりも、もっと徹底的に人生そのもの、命そのもの、存在そのものありようを信じ切った態度です。
これは、苦しんだり悩んだりしていることの全てが、悟っていることそのものの現れだということになるかと思います。

坐禅・冥想は特別なことではない

特別な意識状態を得るためとか、大きな問題を解決するためとかに、冥想・坐禅をするのもいいかもしれない。

しかし普段のあたりまえにする生活行動のなかに、坐禅・冥想はある。
それに気が付かないだけだ。
それをそのまま深めれるには、特別なことをする必要もない。

姿勢を調える(アーサナ)こと、呼吸を調えること(プラーナーヤーマ)。只そのようにすればいい。

自分が本当に求めることが今あれば、生活を調える。そして只姿勢を調え、呼吸を調える。
それを無理なく気持ちよくできるには、当たり前の生活を調えることだ。

ヨーガを教えたらヨーガではなくなる

教えるということには、作意がある。教わるのも作為がある。
ヨーガは、教えたり、教わったりするものではない。

ようやく、このことが身についてきた。
ヨーガ教室では、当然、ティーチャーと生徒がいる。

ティーチャーとか生徒とかは、記号に過ぎない。
そこにいるのは、ヨーガの道を歩む人たちだけだ。
10人いれば、10本の道がある。
そう!
一人一人、自分の道を歩んでいる。
同じ場で、一緒にヨーガをしていても、道が交差しているわけではない。

誰であろうと、私たちは、自分一人だけの道を歩んでいる。
このことを忘れてはならない。


冥想と無

ベースとして、意識は「無」。

「無」の時間は、自我が表に現れていないから。

いつ自我が消えていたか、どのくらい消えていたかを知らない。

自我は、自我自身が自分という存在の中心ですべてであるという誤り(自惚れ)に気づく営みを冥想という。

自然体ヨーガ

自分のヨーガは、自然体だろうか。

呼吸法は、自然体だろうか。

どこか、心に無理がないだろうか。

欲張っていないだろうか。

得意になっていないだろうか。

卑下していないだろうか。

自然体だろうか。無心だろうか。

このように、考えることがすでに、自然体から離れている。

考えなくても、自然体ではない。

無限に広がっていく、心の宇宙の地平線見ながら、そのように思う。

 

ダルマさんはなぜインドから中国へ?

この問いは、禅の公案にありますが、それを離れて、ごく普通に考えてみました。

ダルマさんは、インドの王族の生まれで、かなり年配になってから、旅立ち、3年かけて中国の港に到着しています。

そして、武帝との問答の後、少林寺の洞窟にこもって、8年間坐禅をします。
弟子にしてくれという人がいても拒み続け、ようやく4名ほどの弟子を取ります。

その弟子の後継者たちが禅宗を作っていきました。
いろいろ調べてみると、達磨さんは禅宗という組織を作るため、あるいはそういう思想を伝えるために、中国に行ったとは、考えにくいところがあります。

そこで、私は、達磨さんはただ静かに、冥想(ディヒャーナ)を出来る環境を求めて、故郷を離れ、少林寺に到達したのではないかと考えています。
そして、彼は、徹底的に彼自身の内面の問題、真実の自己をしっかりつかみ取りたかったのではないかと、考えています。

 

 

知られざる変容

坐禅やヨーガのサンマヤ、チャクラの冥想その他、を行って強力な悟り体験や、冥想体験をし、人格変容したという話は、いろいろなところで語られるし、そういう体験をしたいと思うものだ。

しかし、ごく普通の生活を送る中で、多くの困難に遭遇したり、苦悩を繰り返す中で、素晴らしい人格を成長させた場合は、ほとんど知られることがない。

本人も気が付かないかもしれない。
でも、そういう人に出会ったとき、何かとても魅力を感じるのは、私だけだろうか。

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