日本の「道」は仏教/禅がなくても成り立つ
武道(剣道、弓道、柔道)、茶道、華道、歌道など、「道」は、主に禅宗の影響を受けて、深まり完成したと、私は考えていました。
しかし、……。
蹴鞠の歴史から能狂言の歴史をたどると仏教/禅の影響は極めて少ないことが見えてきました。
民間の人が普通に信じている神に対する態度が深めれれたことが、道として深化した」思われます。
しかも「神」は、神道で考える「神」では説明できない。かまどの神というような「神」は、神道、仏教や儒教、……という高度に進化した思想的なものではなく、もっと素朴で、「自分では理解しがたい存在」を「神」という言葉で表現したらいいかもしれません。
富、財産のない、神はささげられるものを持っていない民が、敬虔な気持ちで行う「行為を神にささげる」というような行為が「道」となっていったのだと考えられます。