まだ、駄目ではない

ほとんどうまくいきそうだったのに、一点に問題があって、全部だめになりそうだ。
まだ駄目だと決まってはいない。それなのに駄目だった時のことだけが、心を占拠する。

先ず、呼吸法をしよう。3秒間無心術だ。
そしてヨーガをしよう。
占拠したものを否定せずにいると、それは消える。

そして、あらたな芽生えを待とう。
自己の内から湧き上がる芽生え。
それは不思議なことに、状況の好転とリンクする。
一つでも、良い事があるはずだ。
それを心にとらえて、そこから育てる。
それがすへてを好転させてくれる。

それが指名なら必ず実現す。

ヨーガインストラクターのためのニンチヨーガバイブル

今日、ヨーガ人口はどんどん増えつづけていると聞きます。
そして、大勢のインストラクターの方々が、ヨーガ教室だけでなく、介護予防や医療の現場など様々な場で活動するようになりました。

そして認知症予防や軽減にヨーガが有効だと言う事も良く知られるようになってきています。
しかし、このことをきちんとした検証、研究および調査して、納得できる説明をしようとするとなかなか困難があるのではないかと思います。

幸いな事に私は、2002年のセロトニン呼吸法の出版以来、信州大学、長野県看護大学、筑波大学などでの実験に立ち会ったり、研究、調査をする機会を持ってきました。
そうした中で、認知症対策にどうして、ヨーガがいいのかと言う事が、かなり詳しく説明できるようになりました。

 

すでに、認知症の予防や症状の軽減に、運動がいいことは、誰もが知っている時代です。
それはヨーガが単に運動というだけでなく、何よりもアーサナ、プラーナーヤーマ、ディヒャーナなどの身心への総合的な効果があるからです。

このことを今回まとめて、アマゾンkindleで、著わしました。
タイトルは、「ヨーガインストラクターのためのニンチヨーガバイブル」です。

まだ、ほとんど知られていないヨーガの効果を、日本中で活躍していられるインストラクターの方々と共有したいと、私は願っています。
皆がそれぞれの立場で、ヨーガを広めることが、超高齢社会に生きる私達の使命ではないかと考えるからです。
みなさまの現場で役立てて下されば幸いです。

 

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生活のムラが心の病を引き起こす

やる気にムラがあって、うつ状態になったかと思うと、幻覚が見えたりして、仕事が続けられなくなった人がいます。
病院では、うつだとか、統合失調症だとかいう診断がされます。
今私は、その人の生活のムラの改善に取り組んでいます。

生活のムラが、身心にいろいろな問題を起こします。
生活のムラとは、睡眠時間、食、仕事、……のリズムがくるっている状態です。

徹夜するかと思えば、一日中寝ていたり。
食事をほとんど食べなかったり、とんでもない時間におかずなしでたらふくご飯を食べたり。

こうしたムラを治すことに取り組んでいます。

もともと、身心の活動には、揺らぎがあります。
睡眠も、食も、仕事も揺らぎがなくなってはいけません。
時計で測ったように、生活を均質なものにしては、息苦しくなって、これまた身心の病の元となるでしょう。

だからと言って、生活にムラは問題となります。

うつや統合失調症の場合、ムラをなくす生活を保ち、継続できるようにして上げられれば、症状はかなり改善させられるはずです。

 

いくら食べても満足できないとき

ごはんを十分に食べて、おなかがいっぱいなはずなのに、まだ食べたりない。

デザートを食べてもまだ物足りない。
もっと何かないかと、冷蔵庫を開ける。
そんな経験は、誰にでもあると思います。

「食欲が本当に満たされた」と思えることは、至難の技ということもあります。

そんな時どうしたらいいでしょうか。

お腹に意識を置き、ホンの3秒間だけそこにとどめて置くことです。

わずか3秒間意識を体に向けるだけで、「物足りない」という心は、静かになります。
始めのうちは、難しいかもしれません。
でも、何度でも繰り返しているうちに、意識をおなかに向けるということの意味が分ってきます。

ここぞという時は、鼻から息を吐き切ろう

鼻から吐けなければ、いつでもどんな時でも、腹腰に気合を入れられるようにはならない。
現代生活では、しっかり体を動かす仕草がなくなってしまった。

井戸での水汲み。
桶に入れた水を運ぶ。
洗濯板で洗濯をする。
おので薪を切る。
山へ芝を刈りに行く。
鍬を持つ。
……。

こういうことは、今や昔話の中にしかない。

おのずと腹腰に気合を入れる必要がない。

だから現代人は、鼻から息を吐いて、吐き切ることが出来なくなっている。

しかし、真剣に自分の生き方を心行くまで全うしようとするなら、必要な時にはいつでも鼻から吐き切る事ができなければならないだろう。
必要な時とは、どんなときか。
ここぞというときだ。
いざ自分が覚悟を決めて何かをしようとする時だ。
まさに勝負している時だ。

呼吸法は悪い呼吸習慣を治すためのもの

呼吸法は、自分の悪い呼吸習慣を治し、自分にとって最適な呼吸術を完成させるためにあります。

私達は普段当たり前に呼吸をしています。
その何気ない呼吸の大部分は、「浅く吸う」「肩や喉に力が入っている」「お腹と腰の気合が抜けている」という傾向があります。

その様な呼吸習慣を治すために、呼吸法があります。
毎日、時間を決めて、意識して、努力して、その習慣を自分にとって最適な呼吸習慣にする。
そして、それを自分の呼吸術として完成させるためにあるのです。

毎日、決まった時間に呼吸法をするようにしていると、普段の生活の中で、おかしな呼吸をしていることに気が付くようになります。

ときどき気がついて、その場で呼吸を正すことが出来る様になります。
毎日練習をしていれば。

普段の生活で、不自然な呼吸をしていることに当り前に、気が付くようになります。
毎日練習していれば。

いつしか、気がつかないで、悪い呼吸を正しているようになります。
毎日練習していれば。
そうやって、だんだんに呼吸術にするのです。

増え続けるヨーガ人口

ヨーガ人口は、今でも増え続けているといいます。
もう何年か前にヨーガブームは終わって、ヨーガをする人は減っているのではないかと、私は考えていました。
ところが、ある人から「ヨーガ人口は増えています」と、聞きました。

統計を見ると、2003年ごろは数十万人にすぎなかったものが、2010年ごろに100万人を突破し、2015年には、350万人になるとか。
私は、統計調査とか推計調査とか、一概に信じません。こういうものは、調査する人の都合のいい数字になってしまうからです。

でもまあ、昔から比べると確かにヨーガの人口は増えていると思える実感はあります。
実際、東京の区民館や関東周辺の公民館などでのヨーガクラスの数はずいぶん増えていて、驚かされます。

今流行のアメリカナイズされたヨーガを越えて、東洋的身心思想の原点に返ったところから進化させた日本のCulture(カルチャー)にしていきたいと、秘かに考えています。

ヨーガは、もとよりインド発祥ですが、中国、日本など東洋的身体技法の考え方は共通する身心思想があります。
それを日本の風土から生まれる文化にすることが望まれると私は考えるのです。
例えば、禅から茶道や、花道、武道などが生まれたように、……。

今、わざわざCultureと、書いたことには、理由があります。
この言葉には、養うとか修養とか訓練、練習という意味もあるからです。
つまり、私たち自身の身心を自身で養い育てることがヨーガだからです。

体と心と真実自己

今日書くことは、わかりにくい内容かと思います。
理屈ではなく、体験されるとき、自然に納得していただけると思います。
体験の時は、人によって異なります。
「そんなものか」と、思ってお読みいただければと思います。

歳をとるにつれて、学んでいくもの。
それは、体と心の使い方。
心は、いつも体から離れてどこにでも飛び回る。
しかし、必ず体にもどる。

体から離れている時の心は、まさに迷える子羊だ。
いい意味でも悪い意味でもない。
無記の迷いだ。

体はどうか。
調子のいいときも、悪いときもある。
健なときも病むときもある。
これまた迷う。
どちらも一筋縄ではいかない。

どちらをも調えて行く手綱が必要である。
手綱を操る主体が、ある。
それこそ真実の自己、真実身体というもの。

ここで言う、自己と身体とは同義語である。
忘れてはならないことは、ここで言う自己は、心ではない。
身体は、体ではない。
さて、手綱を操るには、技術が必要だ。
その技術をヨーガという。
そのために工夫を凝らして歩むことを行という。
どこを歩むのか。
道を歩むのだ。

眠れないときどうする

彼は、昨夜眠れただろうか。
89歳の男性から、「眠れない」という電話があった。

この方とのおつきあいは、10年前のセロトニン呼吸法以来だ。
あの時も、定年後の日々の不安から、睡眠障害で、何度もお話を伺いながら、呼吸法やヨーガでの対策をとったことがある。
この数年はお互いにご無沙汰状態だった。
そして夕べの電話だった。

眠れないので、薬を処方してもらって1ヶ月ほど飲んだが、効いた気がしない。
「眠れる体操を教えてほしい」
そういう問い合わせだった。
背中を伸ばす体操を、「活力呼吸法」のページで教えてあげた。

電話をかけて来るということは、ただそれだけのことではない。
眠れない背景に、様々なこころの、そして体の悩みがあるに違いない。
そのことをしっかりとつかみ取っている必要が、私の中にあるべきだ。

なぜならば、私自身何か一つのことで悩みを持っていることは、その背景に、私自身の様々な要因が絡み合っているからだ。
このことは、だれでも、同じに違いない。

どうしたらいいか、答えはわかっている。
どういう風に心を置いたら眠れるかわかっている。
難しいのは、その方法を自分の中で「術」として、完成させることだ。

姿勢や呼吸法を忘れて自然体

姿勢が調い、呼吸のリズムができたら、何をどうやってという方法は自ずから忘れます。
自分が納得できている時、体のことは気にならなくなり、自然に心も体も自己のうちに落着きます。

そういう時は、心配事、心をざわざわさせること、気になること、それらは静かに消えて、今自分のすることに心も体も坐ります。
坐って歩ける様になるといえばいいでしょう。

それが自然体です。

体が覚えたら、忘れる。
体が忘れていないか、時々確認する。

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