忘れられたピースを埋める


私はなぜヨーガや仏教の歴史に興味があるのだろうか?
いつの時代でも、人は悩み、苦闘している、個人も社会も。
不安、恐怖、孤独、無力、絶望…。それらを乗り越えるために戦う人間の、内的努力から生まれた、答えがそこにあると考えるからだ。

ヨーガの古典で重要なものは、普通はヨーガスートラが第一に挙げられるだろう。少し興味を持っている人は、ハタヨーガプラビティーカ、バガバッドギーターを上げるに違いない。私もだいたいそのあたりから話を起こしている。

昨日、勝又まりさんの陰ヨーガの講義から思い当ることがあって、本山博著「密教ヨーガ」を開いていたら、ヨーガスートラとハタヨーガプラビティーカの間に、私が忘れていたヨーガの古典の事が書かれていた。
「ヨーガの古典には、忘れているピーズがあるなあ」と思い、エリアーデ著「ヨーガ① ② 」を探すと、たくさんある。

パズルのピースを一つづつ埋めてみたい。
今の私たちの悩みの答えの新たな一つが、そのピースの中にあるかもしれないからだ。